東京地方裁判所 平成12年(ワ)5756号 判決
原告 株式会社ヘッドラインズ
右代表者代表取締役 丁順子
右訴訟代理人弁護士 関口博
被告 ミカド観光株式会社
右代表者代表取締役 城山稔央
右訴訟代理人弁護士 小沢誠
同 村元博
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、三四〇〇万円及びこれに対する平成一二年四月六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、原告が、原告と被告との間のエフエム放送番組制作に関する契約に基づく放送料金の支払を求めた事件であるが、原告は、本件と同一の訴訟物について訴えを提起し、裁判上の和解によりこれを取り下げた経緯があり、右和解による前訴の取下と原告の本訴提起との関係をどのようにみるかが争われている。
二 前提となる事実
1 原告は、主としてパチンコ等の遊技場、映画並びにビデオ上映施設及び結婚に関するコンサルタント業の経営に係るフランチャイズチェーン店の加盟募集並びに加盟店の指導業務を業とする会社であり、被告は、パチンコ等の遊技場の経営を主たる業務とする会社である(弁論の全趣旨)。
2 原告と被告は、平成七年一二月二七日付で覚書(以下「本件覚書1」という。)を取り交わしたが、右覚書は、被告が東京都江戸川区西小岩に新規店舗を出店するに当たり、原告が、遊技場事業に関する企画・立案、遊技場開始前後に行う営業宣伝等の企画・立案・遂行等のサービスを行い、被告は、右サービスの対価として五〇〇〇万円を支払うことを内容とするものであった(乙一、弁論の全趣旨)。
3 原告の親会社である株式会社ジャック(以下「ジャック」という。)と被告は、平成八年三月一〇日付で「ソフィーズに係わる覚書」(以下「本件覚書2」という。)を取り交わしているが、右覚書は、被告はジャックに、パチンコ産業に参入することを希望する異業種会社を会員として募集し、パソコン通信によりパチンコ産業に関する情報を提供したり、パチンコ産業及びこれへの参入に関する講習を行ったりする等の業務を委託し、その対価として一九五〇万円を支払うことなどを内容とするものであった(乙二、弁論の全趣旨)。
4 原告と被告は、平成八年六月二六日、「帯番組に係わる覚書」(以下「本件覚書3」という。)を取り交わし、被告がスポンサーとなり、エフエムラジオの放送会社であるエフエムインターウエーブ株式会社(以下「エフエム局」という。)が放送する番組を制作する旨の契約を締結した(甲一、弁論の全趣旨)。
5 被告とジャックは、平成八年八月七日付で代理店契約書を取り交わしているが、右契約(以下「本件代理店契約」という。)は、パチンコ店の景品に供する商品等について、被告がジャックの販売代理店となり、被告は「地域代理店権料」として一〇〇〇万円をジャックに支払うことなどを内容とするものであった(乙三、弁論の全趣旨)。
6 被告は、平成九年、本件の原告を被告として、東京地方裁判所に、債務不存在確認等を求める訴訟を提起したが(同庁平成九年(ワ)第八〇七五号債務不存在確認等請求事件。以下「別件甲事件」という。)、右訴訟は、本件覚書3に基づく債務が存在しないことの確認等を求めるものであった(乙五、弁論の全趣旨)。
7 原告は、平成九年五月一日、本件の被告を被告として、東京地方裁判所に、三六〇〇万円の支払を求める放送料金請求事件を提起したが(同庁平成九年(ワ)第八五六二号事件。以下「別件乙事件」という。)、その請求の原因の要旨は左記のとおりであった(乙四、弁論の全趣旨)。
記
(一) 原告は、平成八年四月一日、エフエムインターウエーブ株式会社(エフエム局)との間で、放送広告取扱契約書を交わし、原告がエフエム局の放送番組について放送広告業務を取り扱う旨の代理店契約を締結した。
(二) 原告は、エフエム局の代理店として、被告との間で、平成八年六月二六日、本件覚書3を取り交わし、被告がスポンサーとなり、エフエム局が放送する番組(以下「本件番組」という。)を制作する旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
本件契約においては、本件番組の放送の発信頻度については、週一回二〇分とし、そのうち、被告のコマーシャルは三〇秒一回とすることとされ、本件番組の制作費並びに電波料(以下「放送料金」という。)の対価として月額二〇〇万円を被告が原告に支払うものとし、その支払期日は、平成八年七月分は同年七月三日、同年八月分以降は前月の二五日とすることとされた。また、本件覚書3の第七条には、本件契約の有効期間は、契約締結の日から二年間とするが、契約期間内に被告の申出によって解約された場合、被告は、原告に対して、有効期間までの対価を支払わなければならない旨の定めがある。
(三) 本件番組の放送開始時期は、平成八年七月一日からとされ、約定どおり本件番組がエフエム局から放送された。
(四) 被告は、平成九年一月分以降の放送料金の支払をしないだけでなく、同年三月二四日付の内容証明郵便をもって、原告に対し、本件契約を解除する旨の通告をした。
(五) そこで、原告は、平成九年三月二八日付の内容証明郵便をもって、同年四月末日で契約解除を認めるが、本件覚書の第七条に基づき契約有効期間までの対価及びこれまでの未払分合計三六〇〇万円を支払うよう請求した。
(六) よって、原告は、被告に対し、三六〇〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員の支払を求める。
8 被告は、平成九年、ジャック外一名を被告として、東京地方裁判所に、本件代理店契約の詐欺による取消し、債務不履行による解除を原因として、代理店権料として支払った一〇三〇万円の返還を求める訴訟を提起した(同庁平成九年(ワ)第一一七七〇号代理店権料返還請求事件。以下「別件丙事件」という。)。
9 平成一〇年一一月二七日、別件丙事件の弁論準備手続期日において、当該事件の原告(別件甲事件原告、本件被告)、当該事件の被告(ジャック外一名)及び利害関係人(別件甲事件被告、別件乙事件原告、本件原告)の三者間で左記内容の和解が成立した(乙五、弁論の全趣旨。以下「本件和解」という。)。
記
(一) 別件丙事件原告(本件被告)は、別件丙事件を取り下げる。
(二) 別件丙事件原告(本件被告、別件甲事件原告)は、別件甲事件を取り下げる。
(三) 利害関係人(本件原告、別件乙事件原告)は、別件乙事件を取り下げる。
(四) 別件丙事件原告(本件被告)と同事件被告両名(ジャック外一名)及び利害関係人(本件原告、別件乙事件原告)は、本件及び第二、第三項の各事件につき、本条項に定めるほか何らの債権債務のないことをそれぞれ確認する。
(五) 訴訟費用及び和解費用は各自の負担とする。
10 被告は、平成一一年一二月二八日、本件原告を被告として、東京地方裁判所に、本件覚書1に基づいて交付した五〇〇〇万円の返還を求める訴訟を提起した(同庁平成一一年(ワ)第二九三一七号事件。以下「別件丁事件」という。)。
三 争点
本件の争点は、本訴の提起は、訴権の濫用ないし信義則違反として不適法というべきか否か、適法とした場合、本訴の請求権は本件和解によりどのようになったと解すべきか、の二点である。右争点に関する当事者の主張の概要は以下のとおりである。
1 被告の主張
(一) 原告は、本件和解により別件乙事件を取り下げたが、本件訴訟は、別件乙事件と請求の趣旨、請求の原因を同じにするものであり、裁判上の和解で訴えを取り下げ、かつ、同事件について債権債務のないことを確認しておきながら、再び同一事件を提起することは、訴権の濫用若しくは訴訟上の信義則違反として許されるべきではない。
(二) 仮に本訴提起が適法としても、本件和解の清算条項により、請求権の放棄又は債務の免除があった。したがって、本訴上の請求権があったとしても、本件和解によって消滅した。
(原告の主張)
(一) 本件和解は、訴えを取り下げただけであり、請求権の放棄をしたものではなく、再訴を禁止する趣旨のものではないから、本訴を提起することは何ら妨げられるものではない。被告は、本件和解により、原告、被告、ジャックの間のすべての紛争を停止することを約しながら、別件丁事件を提起したので、原告は、これに対抗するため本訴を提起したものであって、訴権の濫用や訴訟上の信義則に反するとはいえない。
(二) 仮に、本件和解がすべての紛争を解決するためのものでなく、別件の甲事件、乙事件、丙事件の解決のみのものであったとしたら、すべての紛争を解決するものと信じていた原告には錯誤があることになり、本件和解は無効である。また、被告が別件丁事件を提起する意図をもともと有していたのなら、被告は、これを隠し、これがないように振る舞って原告を誤信させ、本件和解を成立させたものであるから、被告は、詐欺により本件和解を取り消す。
第三判断
一 記録によれば、原告の本訴請求と別件乙事件とは、請求原因を同じくするものであり、請求の趣旨において、三六〇〇万円(別件乙事件)と三四〇〇万円(本訴)で二〇〇万円の違いがあるが、三六〇〇万円と三四〇〇万円の違いは、被告が放送料金を支払わなくなった時期の原告の主張が一か月ずれたことによるものであるから(別件乙事件では、被告は放送料金を平成九年一月分から支払わなくなったとしているが、本訴では同年二月分から支払わなくなったと主張している。)、原告の本訴請求は、別件乙事件と訴訟物を同一にするものであることは明らかである。
ところで、前記前提となる事実によると、別件乙事件を提起していた原告は、被告とジャック外一名との間の別件丙事件に、利害関係人として参加し、本件和解を成立させたものであるが、弁論の全趣旨によれば、右和解に基づいて、被告は、別件甲事件、別件丙事件を取り下げ、原告は、別件乙事件を取り下げたことが認められる。
二 そこで、本件和解の効力について検討するに、本件和解の第四項には、原告、被告、ジャック外一名は、別件甲事件、別件乙事件、別件丙事件について、本件和解の条項に定めるほか何らの債権債務のないことをそれぞれ確認する旨の、いわゆる清算条項が設けられている。
ところで、裁判上の和解にしばしば設けられる清算条項の「債権債務のないことの確認」とは、一般に、和解成立時までに債権、債務があったとしてもこれを和解によって放棄し、又は免除することにより、債権債務関係を消滅させ、清算することを確認する趣旨のものと解すべきである。そして、この清算条項は、当該訴訟の訴訟物以外の権利関係も対象とすることができ、例えば、「原告と被告は、原告と被告との間には、本和解条項に定めるほか何らの債権債務がないことを確認する。」との包括的な文言を用いた場合には、当該訴訟とは関係のないものも含め、和解成立時を基準にして、それまでに存した債権は放棄し、債務は免除して一切の権利関係を清算し、和解成立以前に生じた事由に基づく法的紛争を将来に向かって未然に防止する意味を持つことになる。これに対して、当事者間に債権債務関係が複数ある場合には、紛争になっている債権債務関係のみを解決し、他の債権債務関係は従前のまま継続することもあるし、また、一部の債権債務関係の紛争は解決するが、他の債権債務関係については後日の協議や裁判等にゆだねようとすることもあるから、和解をするときであっても、ときには、訴訟になった債権債務以外の債権債務関係についての清算を留保する必要があることもある。このように清算を留保する必要がある場合には、清算条項を付けない和解条項にするか、清算条項を定める場合にも、「本件に関し」のように、清算する対象を限定する文言を付するのが実務の一般である。したがって、「本件に関し」などの文言を用いて、清算する範囲を限定した清算条項が定められた場合には、特段の事情がない限り、当該事件に関する債権債務関係は清算するが、それ以外の債権債務関係は清算の対象から除外する意思で和解をしたものと解するのが相当である。
かかる見地に立って本件をみると、本件和解の清算条項は、「本件及び第二、第三項の各事件につき」との文言が付されているのであるから、当事者間の債権債務関係のうち、訴訟が提起された別件甲事件、別件乙事件、別件丙事件に関する債権債務関係に限定して、債権債務関係を清算したものと解すべきである。
三 原告は、本件和解によってすべての紛争を解決する趣旨であったとして、錯誤や詐欺の主張をするが、乙第四、第五号証によれば、本件和解は、ジャックの訴訟代理人の関口博弁護士、被告の訴訟代理人の小沢誠、村元博両弁護士及び利害関係人である原告代表者が出頭して成立したものであるところ、当時、別件丙事件の被告両名の代表者は、別件乙事件の原告代表者と同一人物であり、別件丙事件のジャック外一名の訴訟代理人である関口弁護士は、別件乙事件の原告訴訟代理人でもあったことが認められるから、本件和解は、民事裁判における和解の実務一般を了解していたか、了解し得べき者が関与して成立したものといえ、そのような形で成立した本件和解で、債権債務関係を限定して清算する旨の文言が使われている以上、原告が無限定にすべての債権債務関係を清算する意思を有していたとはいえず、原告に和解内容の誤信があったとはいえないし、被告がすべての債権債務関係の清算を装っていたともいえない。また、本件全証拠によるも、本件和解の清算条項が、その文言にもかかわらず、すべての債権債務関係を清算する趣旨であったと解すべき特段の事情があったものとも認められない。したがって、原告が主張する錯誤又は詐欺の主張は、採用し難いものというべきである。
四 被告は、本件和解により別件乙事件を取り下げた原告が、別件乙事件と訴訟物を同一にする本件訴訟を提起することは訴権の濫用であり、訴訟上の信義則に反するとして、訴えの却下を求めている。
しかしながら、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件和解によって原告と被告との間のすべての紛争が解決されるものと考えていたところ、被告が別件丁事件を提起したため、その対抗上本件訴訟を提起したものと認められ、結局、原告の本件訴訟の提起は、本件和解の効力の解釈の違いに基づくものといえるから、必ずしも原告の本訴提起をもって、訴権の濫用、訴訟上の信義則違反があるとはいえない。
したがって、原告の本件訴えが不適法とまでいうことはできない。
五 しかしながら、前記二で判断したように、本件和解により、原告と被告は、別件甲事件、別件乙事件、別件丙事件に関する債権債務について、互いに債権の放棄若しくは債務の免除をすることによって、右各事件に関する債権債務を清算したものと解すべきであるから、別件乙事件に係る請求権は、本件和解によって消滅したものというべきであり、したがって、別件乙事件と訴訟物を同じくする原告の本訴請求についても、その実体上の権利が既に消滅したことになる。
六 以上によれば、原告の本訴請求は、その余について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却すべきものである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 大橋弘)